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2006年12月12日 (火)

賛美歌

今日は教会で「クリスマス賛美歌を歌う会」がありました。
私は賛美歌って大好きです。
そして、その賛美歌が作られた背景のお話を聞くのも好き。

実は牧師先生のお説教ってとても難しくて
理解するのがとても大変。
聖書の時代背景や内容等
現代の日本人である私にとって
なかなか理解しづらいものもあります。

でも賛美歌は単純に歌詞が頭に入ってきて
満たされた気持ちになります。

うちの教会の自慢でもあるのですが
とても素敵なクラッシクピアノ。

Piano

ご近所の方が、引っ越される際
処分しようとしていた古いピアノだそうです。

もうひとつ、自慢なのが教会のオルガニストのMさん。
(礼拝で伴奏などを奉仕してくださる人)
Mさんは、プロのピアニストなのです。

今日のような会の時にサービスで
独奏してくださることもあり
今日もチャイコスフキーのクリスマスの曲を
弾いてもらいました。

あ~もうウットリ。至福の時間でした。

明日は月に一度の家庭集会。
(日曜に礼拝に来られない主婦の方、ご近所の方のため
月に1回牧師先生を招いて私の家で礼拝を開いてます。)

午後からは明日の為に家のあちこちに
リースの残りのグリーンと木の実などで
クリスマスの飾りをしました。

Green3

Green_2 Green2

キレイなガラスの小物もいいけれど
素朴なグリーンも落ち着きますね。

家庭集会の際は、いつも朝からアロマを焚いています。
明日の香りは「ローズウッド」の予定です。

教会へ連なるようになって
クリスマスはもちろん、収穫祭やイースター、ペンテコステ等
教会暦をたどるうちに
1年の四季をこうして楽しむ心のゆとりができた気がします。

私はもともとクリスチャンホームだったわけではなく
数年前に体を壊したことがキッカケとなり
教会へ通うようになったのです。

長くなるのでそのお話は続き↓へつなげます。
クリスチャニティに係わる内容なので
興味のない方はスルーしてくださいね。

結婚してすぐに私達夫婦は厚木に住みました。
厚木といっても、駅からバスで3~40分はバスで登らないと
たどり着けないような僻地。

アパートの窓をあけると目の前に大山という
おおきな山がど~んとそびえていて
まるで別荘地のようなところでした。

駅に出るのすらおっくうな山奥で
仕事も辞めて専業主婦になった私は
毎日忙しい夫の帰りだけを待つようになりました。

なんでだろう?今振り返ると本当にわからないのですが
バスで1時間近くかかったって
ふもとの駅前に出てパートをするなり、
何なりしていればよかったのですが
何故かそうする原動力みたいなものが
結婚した途端にプッツリと切れてしまって。

そのうち仲の良い友人たちは皆
第一線で働くOLや、出産・育児に追われるようになり
取り残された憔悴感に悩まされるようになりました。

このあたりから心の中になにかが起こりかけていたのだと思います。

その後数年して、少しからだを壊したのを機会に
心の病になっていきました。
軽度ではありましたが、主婦のウツ病です。

朝起きてベッドから出るのが怖くなり
午後になるまで布団の中にくるまっていました。

ただひとつ、そんな状況になってまでも
私は掃除だけはとりつかれたようにしてました。

このブログの最初に書いたと思うのですが
キレイ好きでよいわね、片付け上手ね、などとよく
褒められるのですが、
私自身この頃の名残のようで
そんな神経質に掃除にこだわるところが
病気っぽくて未だに少し
好きになれないのです。

心療内科やカウンセリングにかかったり
一時は実家へ帰ったりもして

「このままでは夫に申し訳ない。
いっそ離婚した方が彼の幸せなのではないか」

なんて悩んだりもしました。
主人には本当にこの頃迷惑をかけたと思っています。

それでもなかなか抜け出せない
メビウスの輪の中のような毎日でした。

その時、近所の教会の存在に気付きました。

もともとミッションスクール出身だったこともあり、
教会という場所はなじみのある場所ではあったのですが、
全くキリスト教には興味も関心もありませんでした。

本当に何かにすがるような気持ちで
教会へ駆け込み、牧師の先生にわんわん泣きながら
思いのたけをぶちまけました。

その時牧師の先生が教えてくれた聖書の言葉です。

「あなたがたを襲った試練で、
人間として耐えられないようなものはなかったはずです。
神は真実な方です。
あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、
試練と共に、それに耐えられるよう、
逃れる道をも備えていてくださいます。」


コリントの信徒への手紙10章13節

逃れる道?=主人や家族の愛?教会へ招かれたこと?
よい病院(薬)との出会い?

聖書の言葉は抽象的でよくわからなかったけれど
何となく突破口を見つけたような気分になりました。

その後しばらくして、霧が晴れるようにスパーっと
もとの私に戻り元気になりました。

その時に飲んでいた漢方がよかったのかもしれないし
牧師の先生や教会の人に話を聞いてもらえたことが
心理学的によかったのかもしれません。
理由はわかりませんが、とにかく教会へ行ったことが
私の中で何かが変わるキッカケになったことは確かです。

そしてそれは何なのか

それが知りたくて、それを追求したくて
教会へ通うようになり
気付くと自然と洗礼を受ける気持ちになって
クリスチャンになっていました。

その答えは今もわかりません。
まだまだ時間がかかりそうです。

信仰を持つということは、とても心強く頼もしいことです。
が、同時にとても苦しい重荷でもあります。

何か悪いことを思ったり、考えたりした時
誰にも聞かれない思いや考えでも
神様がしっかりと見て聞いているんですから。ううコワイ。

ま、それでも同じように何回も間違いや失敗を
繰り返してしまうんですけど。

そんなどうしようもない私でも
神様は絶対に見放さないということを確信できた事が
答えのひとつなのかもしれません。

クリスチャンは、自分から教会へ行くという表現をしません。
神様が呼ぶ、という表現をします。

だから私があの時教会へ駆け込んだのは
私が自分からすがったのではなく、
神様が私を呼んでくれたのだということです。

まだまだ勉強中の身ではありますけれど
そんな訳で今の私の教会生活があるわけです。

ここまで読んで下さった方
本当にどうもありがとうございました。

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コメント

はじめまして。

本家サイトの素材を使わせていただいたのですが、
どうやって連絡していいのかわからず、
こちらのコメントに書かせていただいてます。

素敵な素材を、ありがとうございます。
大切に使わせていただきますね。

投稿 漣 淀瀬 | 2006年12月12日 (火) 18時07分

ぺこさん

神様のお導きってきっとあるのだと・・・私のようなものにも
感じました。

こちらで少しお話しさせていただいても
よろしいでしょうか・・・?
じつは私も・・・同じような思いを
経験しました。
結婚と同時に東京から関西の社宅に入り
専業主婦(私の希望です)になりました。
それからいろいろなことがあって・・・
上手に説明できないのですけれども
気がつかないうちに、少しずつ
社宅の外に出るのがこわくなってしまい
毎日部屋にこもって一人で泣いていました。
主人にはどれだけ迷惑をかけてしまったことでしょう・・・
どうしたらよいのかもわからず、本当に悩みました。
でも、見放されてもおかしくなかったのに
いちばんつらかったあの時、主人はそばにいてくれて
「ひとりで悩まないで、いっしょにがんばろう」と
言ってくれました。
5年経って東京に異動になり、また数年は社宅での暮らしでしたが
少しずつ気持ちも楽になって、
関西にいる間お休みしていたお稽古事にも
通えるようになりました。
その社宅も取りこわしとなり(^_^;)
引越して借り上げに住んでおります。
仕事も子育てもしていなくて・・・(私の場合
家事もちゃんとできていなくて)
なんだか中途半端な自分を振り返って
時々落ち込むこともあるけれど、
今の主人との暮らしをこれからも大事にしたいと思っています。

ただ、この頃、自分のことだけに時間を使っていていいのかな・・・
何かできることを始めたほうがいいのかな、などと考えてもいます。

すっかり長くなってごめんなさい。
またおじゃまさせていただきますね(^^)

投稿 こぐま | 2006年12月13日 (水) 11時24分

ペコさん、こんにちは。
通院歴仲間でもあったのですね(何だそりゃ)!なんだか嬉しいです。

私も数年前まで真っ暗なトンネルの中で動けなくて泣いてました。
ペコさんと違うのは掃除してなかったことかな?なーんにも、家事も育児もしないで(できないで)ごろごろしてました。
夫は理解ある方で見捨てはしなかったので今があるわけですが、それでも鬱が理解できないようで「ずっと家にいるからこうなる。働きにいけば気分も変わるのに。甘え」とたぶん今でも思っていると思います。

ごろごろしてるのがせいいっぱい。
これってなってみないとわかりませんよね。ほんと、今元気になって、ベッドメイキングしに行ってもベッドに入ろうと思わないけど(他にやりたいことやれなくなっちゃう、と思う)、当時はもぐりこんで泣いたり、そこしか居場所がない感じでした。

トンネルを抜けた今、見える景色が違うし、鬱ありがとう、という気持ちではいます。
生育歴を考えて、どこかで病まねば死んでたかなと思うと、夫がいてくれたから病めた、そして助かった(幸せに生きたい、生きてもいいと思えるようになった)のかなと思います。

私は無宗教ですが、三浦綾子さんの著書など読んで考えさせられることがあります。

ペコさんの答えが見つかるといいですね。

投稿 sonica | 2006年12月13日 (水) 11時40分

ペコさん はじめまして 私も神様に見つけてもらったひとりです。十年前奈落の底をうろうろしていたとき私に寄り添ってくださったのは神様でした。
聖書が重くて苦しいこともありましたけど・・・
今は、優しい主人とわんこ三匹とのんびり暮らしています。
ペコさんのブログ これからも楽しみに読ませて頂きますね。

投稿 なお | 2006年12月13日 (水) 17時49分

yodoseさんへ
更新もままならない素材サイトですのに
ご利用ありがとうございます。
これからもオレンジペコを宜しくお願いします。

こぐまさんへ
つらい体験をお話くださって本当にありがとうございます。
痛いくらいに気持ちがわかります。
そして、だからいつもこぐまさんは
私の心に添ったコメントを残してくださるのだな、と納得もしました。

厚木は夕方5時になると、町内放送のようなスピーカーから
「夕焼け小焼け」が流れるのです。
そしてそれを聞くと、理由もなく涙が出て泣いていました。
本当にあの当時は子供の頃のように泣いてました。
おんなじですね。
でも、こぐまさんも私と同じで
その体験があったからこそ、ご主人の存在と愛の
大切さがわかったのですね。
きっと、よりお二人の繋がりが強くなったのでは。

子育てをしていない専業主婦って確かに
肩身が狭いですよね。よくわかります。
周りの人の言葉や反応に振り回されず
こぐまさんの無理のない範囲で
時間を使っていったらよいと思います。
今をきちんと大切に生きる。
健康で、元気でお稽古したり
ご主人と二人の時間を楽しんだりしているこぐまさんが
きっとご主人の毎日の活力になってるのだと思います。
お互いガンバリマショウね!

sonicaさんへ
sonicaさんも同じ経験をされたのですね。
本当、ウツは「甘え病」なんていわれるほど
周りの人からみたら理解できないらしいですね。
今の私も当時の状況が信じられないですもの。
でもなってみないとわからない。
当時の日記に自分の状況を
「出口のみえないトンネル」という表現をしてました。
sonicaさんと同じだ。
私も一日泣いてました。
掃除はしてましたけど(病的に)
食事の支度とかほとんどしてなくて
主人にはコンビニ弁当や惣菜ばかり
食べてもらってました。

でも確かに欝を経験したからこそ
今の元気な毎日が本当に幸せだと感じるし
心の弱った人の気持ちがわかるようになりました。

私には必要な経験だったのだと思います。

たまたまいきついた先が宗教(教会)だったわけですが
それも盲目的に信者なわけではありません。
かなり懐疑的な思いを抱きつつ通っています。
これもまた信仰のあり方かなと思ってます。

三浦さんの小説は私も大分読みました。
クリスチャニティー云々の前に
登場人物の女性が意地悪な人はとことん底意地が悪く
主人公は聖人のような心のキレイな人だったりと
人間の両面をえぐるような内容でひきこまれますよね。

sonicaさんもおつらい体験をお話くださってありがとうございました。

なおさんへ
はじめまして、こんにちは。
神様に見つけてもらった・・・凄く良い表現ですね。
つらい時、苦しい時
必ず傍に寄り添ってくださると信じられること
それが信仰の強みでしょうか。
聖書の言葉はまだまだ私には難しいばかりですが
一生かけて勉強していきたいと思ってます。
同じクリスチャン同士また是非
コメント残してくださいね!

投稿 ぺこ | 2006年12月13日 (水) 20時25分

初めまして^^いつも拝見させていただいてます。 厚木は学生時代付き合っていた人が住んでいたので何度も行ったことあります。
駅は近代化されているのに、バスで3~40分入ると畑と家と山ばっかりだったな~って懐かしく思いだしました。
きっと結婚されて、一人で頑張らなきゃって錘が落ちたのと一緒に自分の存在価値まで落ちてしまったと誤解されたのかも知れないですね
私の友達にも居ました^^ 私も無宗教ですが、この人の言葉で救われた・・って過去あります。きっと誰でもそんな苦しい時があるのかもしれないですね^^ いい教会が見つかって良かったですね^^
これからも一緒に片付け頑張りましょう 

投稿 hokuto | 2006年12月14日 (木) 05時04分

hokutoさんへ
はじめまして、ご訪問そしてコメントありがとうございます。
hokutoさんも片付けブロガーなのですね。
これからどんな風なドラマがあるのか楽しみです。うふふ。

私もお友達と同じで「燃え尽き症候群」みたいなもの
だったのかもしれませんね。
学校から会社。。。と何かにずっと所属していたのが
主婦になったとたんに自分の存在価値がなくなってしまった
ような気持ちになって。
子供でもいれば、その子供を通して社会に係わることも
できたのだと思うのですが。

余談ですが本厚木の駅前自体は
ご存知の通りビブレにミロード、ヨーカドーなどなど
それなりに開けているところですよね。
もっと楽しんで住めばよかったなあと思います。

投稿 ぺこ | 2006年12月15日 (金) 16時57分

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